ログイン世界樹の頂から、一筋の紫色の光が天へと伸びた。それは夜空を覆う黒雲を貫き、王都全体を優しく照らしていく。「始まる……。」ラベンダーが静かに呟く。「これが、世界樹が選んだ最後の戦いです。」絶望の化身は、四人を見下ろしていた。その巨大な翼は空を覆い、大地には黒い霧が降り注ぐ。『希望ハ……消エル。』『何度デモ。』『何度デモ。』その言葉とともに、無数の黒い槍が四人へ降り注いだ。「散開!」ローゼンの声が響く。フジがルピナスを抱き寄せ、一瞬で後方へ跳ぶ。アスターは白銀の結界を展開し、黒い槍を受け止めた。轟音が王都を揺らす。「今だ!」ローゼンが黄金の剣を振るう。王家に伝わる聖剣が、絶望の化身の翼を切り裂いた。しかし、その傷はすぐに黒い霧で塞がれてしまう。「まだ足りない……!」ヘリアンサスと兵士たちも加勢する。マーガレットは避難所で人々を励まえ続け、ダリアは負傷者の手を握り続けていた。その祈りは世界樹へ届き、一本、また一本と藤の花が咲き始める。ラベンダーは世界樹へ杖を掲げた。「皆さん!」「思い出してください!」「守りたい人を!」「愛した人を!」「信じたい未来を!」その瞬間だった。世界樹がまばゆい光を放ち、一人ひとりの胸に刻まれた紋章が輝き始める。ローゼンの黄金の王冠。フジの黒き剣。アスターの白銀の薔薇。そして、ルピナスの紫の花。四つの光は空中で一つに重なり、巨大な紋章となって夜空へ浮かび上がった。ラベンダーが静かに微笑む。「これこそが――。」「CARDINAL。」『CARDINAL……?』絶望の化身が初めて、その名を口にした。ラベンダーは頷く。「四つの柱。」「希望。」「守護。」「覚悟。」「贖罪。」「どれか一つでも欠ければ、世界は支えられません。」ルピナスはフジを見る。フジも頷いた。もう言葉はいらなかった。二人は互いの手を強く握る。「約束したよね。」ルピナスが微笑む。「この手は離さない。」フジも優しく笑う。「ああ。」「一生離さない。」その瞬間、二人の魔力が一つに重なった。紫と漆黒の光が渦を巻き、世界樹の光と共鳴する。ローゼンは静かに剣を掲げる。「未来を、この国へ。」アスターは胸へ手を当てる。「過去は、ここで終わらせよう。」四人が同時に前へ踏み出す。「行
黒い槍が、夜空を切り裂いた。絶望の化身が放った一撃は、一直線に世界樹を目指していた。「あれを止めろ!」ローゼンが叫ぶ。フジが地を蹴る。アスターも魔法陣を展開した。だが──。「間に合わない!」世界樹まで、あとわずか。その瞬間、一人の男が前へ出た。アスターだった。「アスター!」ルピナスの悲鳴が響く。彼は静かに微笑む。「これが……私の贖罪だ。」白銀の魔法陣が幾重にも重なり、巨大な結界となって世界樹を包み込む。轟音。黒い槍と結界が激突し、眩い光が王都を飲み込んだ。衝撃で全員が吹き飛ばされる。煙が晴れた時、世界樹は無事だった。しかし、アスターは片膝をつき、口元から血を流していた。「アスター!」ルピナスが駆け寄る。「どうして……!」アスターは苦しそうに笑う。「何百年も前……。」「私は、お前を守れなかった。」「だから今度こそ……守りたかった。」ルピナスは首を横に振る。「そんなことのために命を懸けないで!」「あなたはもう十分苦しんだ!」涙が止まらなかった。アスターは静かに空を見上げる。黒い雲の向こうには、星が少しだけ見え始めていた。「私は……間違え続けた。」「世界を救うためと言いながら、本当は……。」言葉が途切れる。「失うことが怖かっただけだ。」何度も世界をやり直した。誰かを救おうとした。だが、それは未来を信じられず、過去に縛られ続けた結果でもあった。「私は……前へ進めなかった。」ルピナスはそっとアスターの手を握る。「もう終わったよ。」「あなたは、ちゃんと未来へ進めた。」「みんなを守ってくれた。」「もう、一人で罪を背負わなくていい。」アスターは目を閉じる。その頬を、一筋の涙が流れた。「ありがとう。」その言葉は、ルピナスだけでなく、フジやローゼンにも向けられていた。ローゼンは静かに剣を胸に当てる。「お前は敵ではなかった。」「この国を救った英雄だ。」フジも小さく頷く。「胸を張って生きろ。」短い言葉だった。だが、それはフジなりの最大級の敬意だった。アスターはゆっくりと立ち上がる。傷ついた身体は限界だった。それでも、その瞳には迷いはない。「今度は、未来のために戦おう。」彼は黒薔薇の仮面を外した。長い間、自らを縛り続けてきた象徴。それを静かに地面へ置く。仮面は音
世界樹の祭壇が激しく揺れた。絶望の化身が翼を広げるたび、王都全体が悲鳴を上げるように震えている。城壁では、なおもフジとヘリアンサスが魔物の群れを食い止めていた。ローゼンは兵士たちを率い、最後の防衛線を守っている。誰も諦めてはいない。だが、誰もが限界だった。ラベンダーは静かにルピナスを見つめる。「花の巫女。」「世界樹は、あなたを待っています。」ルピナスは大きく息を吸い、祭壇へ一歩踏み出そうとした。その時だった。「待ちなさい。」重厚な声が祭壇に響く。振り返ると、サクラディウス国王がゆっくりと歩いてきた。王冠を戴き、王衣をまとったその姿は、威厳に満ちている。しかし、その瞳に宿っていたのは王としての厳しさではなく、一人の父親の優しさだった。「父上……。」ルピナスは思わず立ち止まる。サクラディウスは娘の前まで歩み寄ると、そっと肩へ手を置いた。「幼い頃のお前は、泣き虫だったな。」突然の言葉に、ルピナスは目を丸くした。「庭で転んでは泣き、木登りに失敗しては泣き、ダリアの後ろへ隠れてばかりいた。」「ち、違います……!」「少しだけです。」思わず反論すると、国王は穏やかに笑った。「そうだったか。」その笑顔は、王ではなく父親だった。ルピナスの胸が熱くなる。前世では、父とゆっくり話した記憶がほとんどない。王として忙しく、自分も王女として必死だった。「父上……。」サクラディウスは静かに首を振る。「すまなかった。」その一言に、その場にいた全員が息を呑んだ。「私は王であることを優先し、お前の父である時間を失ってしまった。」「苦しかった時も。」「泣きたかった時も。」「私は気づいてやれなかった。」ルピナスは首を横に振る。「違います!」「父上は国を守って……。」「それでもだ。」国王は娘の言葉を優しく遮った。「どれだけ立派な王でも、娘を孤独にしたなら父としては失格だ。」ルピナスの瞳から涙があふれた。サクラディウスはその涙を親指でそっと拭う。「ありがとう。」「お前は私の娘に生まれてきてくれた。」「それだけで、私は幸せだった。」ルピナスは堪えきれず、父へ抱きついた。幼い頃に甘えられなかった時間を取り戻すように。「父上……!」サクラディウスは静かに娘を抱きしめる。「泣いていい。」「今だけは、王女ではな
世界樹の祭壇は、静かな光に包まれていた。 先ほどまで激しく脈打っていた鼓動が、まるでルピナスを待っていたかのように穏やかになっている。 紫色の光が枝葉を伝い、天へと昇っていく。 祭壇の中央には、ラベンダーが一人、世界樹へ手を添えて立っていた。 「来ましたね。」 ルピナスはゆっくりと頷く。 「私に、まだ話していないことがありますね?」 ラベンダーは静かに目を閉じた。 「ええ。」 「今こそ、すべてをお話ししましょう。」 アスターも、フジも、ローゼンも祭壇へ集まる。 四人が揃ったことを確認すると、ラベンダーは世界樹へ魔力を流し込んだ。 眩い光が辺りを包み込む。 すると四人の前へ、一枚の巨大な魔法陣が浮かび上がった。 そこには、歴代の王たち、賢者たち、そして見覚えのない人々の姿が映し出されていた。 「これは……。」 ローゼンが息を呑む。 「世界樹の記憶です。」 ラベンダーは静かに答えた。 「この世界で起きた、すべての歴史。」 映像はさらに古い時代へ遡っていく。 王国が築かれる以前。 まだ国境も存在しない時代。 そこには一本の若い木が立っていた。 「世界樹……。」 ルピナスが呟く。 「そう。」 「この世界は、世界樹が人々の願いを受け止めることで均衡を保ってきました。」 「喜びも。」 「悲しみも。」 「愛も。」 「憎しみも。」 「すべて、この樹は見守ってきたのです。」 映像が切り替わる。 そこには一人の少女がいた。 銀色の髪。 紫色の瞳。 ルピナスによく似た面影。 「この人は……?」 「初代『花の巫女』です。」 ラベンダーは穏やかに微笑んだ。 「彼女は世界樹と契約し、人々の希望を未来へ繋ぐ役目を担いました。」 「そして、その血は代々受け継がれています。」 ルピナスは思わず胸へ手を当てる。 「まさか……。」 「ええ。」 「あなたが、その末裔です。」 静寂が流れた。 フジもローゼンも驚きを隠せない。 アスターだけは、小さく目を閉じていた。 「だから……。」 彼は苦しそうに呟く。 「私は何度世界をやり直しても、ルピナスだけは消えなかったのか。」 ラベンダーは頷く。 「花の巫女は、世界が希望を失わないための最後の灯火。」 「世界樹は、あなたを守り続けていたのです。」 ルピナス
西門では、フジとヘリアンサスが巨大な魔物と激しく剣を交えていた。轟音が響くたび、大地が揺れる。王都を守る兵士たちは必死に応戦しているが、その表情には疲労の色が濃く浮かんでいた。一方、王城の最上階。世界樹へ続く祭壇の前で、ルピナスは立ち尽くしていた。「私……本当に、この世界を救えるのかな。」小さく漏れた本音。ここまで何度も前を向いてきた。それでも、大切な人たちが命を懸けて戦う姿を見るたび、不安は胸を締めつける。「もし私が失敗したら……。」「みんなの想いまで無駄になる。」肩が震えた。その時だった。コンコン。静かに扉が叩かれる。「入るわよ。」聞き慣れた声だった。振り返ると、ダリアが優しく微笑んでいた。「探したわ。」ルピナスは慌てて涙を拭う。「ダリア……。」「泣いてたでしょう?」「泣いてない。」「昔から嘘が下手なんだから。」ダリアはくすりと笑い、ルピナスの隣へ並んだ。しばらく二人は何も話さなかった。幼い頃から一緒だった。だからこそ、沈黙さえ心地よかった。やがてダリアが口を開く。「覚えてる?」「七歳の時、庭園の池に落ちたこと。」ルピナスは思わず吹き出した。「もう、やめてよ。」「あれは事故だったの。」「事故?」「あなた、自分で白鳥を追いかけて飛び込んだじゃない。」「そんなことしたっけ?」「したわよ。」二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。戦場のすぐ近くとは思えないほど、穏やかな時間だった。笑い終えると、ダリアは真剣な表情になる。「ルピナス。」「あなた、昔から何でも一人で抱え込む癖がある。」その言葉に、ルピナスは黙り込む。「前世でも、そうだったんでしょう?」図星だった。誰にも相談せず、一人で運命を変えようとしていた。その結果、多くの人を失った。「でも今回は違う。」ダリアはルピナスの両肩に手を置いた。「あなたの隣にはフジ様がいる。」「ローゼン様もいる。」「アスター様も。」「そして……私もいる。」ルピナスの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。「怖いの……。」「うん。」「みんなを失うのが怖い。」ダリアは優しくルピナスを抱きしめた。「私だって怖い。」「でもね。」「怖いからって、あなたを一人にはしない。」その温もりは、子どもの頃と変わらなかった。泣き虫だったルピナスを
西門を吹き抜ける風は、血と黒い霧の匂いを運んでいた。崩れかけた城壁の向こうから、絶望の化身が生み出した魔物たちが次々と押し寄せる。その数は数百。いや、すでに千を超えているのかもしれない。「来るぞ!」ヘリアンサスが剣を構え、兵士たちへ号令を飛ばす。「弓兵、第一列!」「魔導士は後方支援! 民の避難を最優先に!」兵士たちは震える手で武器を握り直した。恐怖は消えていない。それでも、一人として逃げる者はいなかった。ローゼンの演説が、彼らの心に火を灯したのだ。黒い魔物の群れが、一斉に城門へ襲いかかる。「撃て!」無数の矢が夜空を切り裂く。しかし、魔物たちは倒れても倒れても立ち上がる。「くそっ……!」兵士の一人が弾き飛ばされる。巨大な魔物が牙を剥き、その兵士へ飛びかかった。次の瞬間。ギィンッ!鋭い金属音が響く。黒い剣が魔物の牙を受け止めていた。「立て。」低く落ち着いた声。フジだった。「まだ終わってない。」一閃。黒い魔物は真っ二つに切り裂かれ、霧となって消えていく。兵士は呆然とフジを見つめた。「ありがとう……ございます。」「礼はいい。」フジは視線を前へ向けたまま答える。「守るべきものを守れ。」その一言だけ残し、再び戦場へ駆け出した。「すごい……。」若い兵士が思わず呟く。「あれが……黒狼騎士。」ヘリアンサスは小さく笑った。「見惚れるな。」「俺たちも負けていられん。」そう言うと、自らも魔物の群れへ飛び込む。剣と剣がぶつかり合う音。魔法が夜空を染める光。悲鳴。叫び。それでも二人の騎士は、一歩も退かなかった。その頃。王城の塔では、ルピナスたちが戦場を見下ろしていた。「フジ……。」思わず駆け出しそうになるルピナスを、ラベンダーが静かに止める。「今、あなたが行く場所ではありません。」「でも!」「彼はあなたを守るために戦っています。」ラベンダーの瞳は優しかった。「その覚悟を、無駄にしてはいけません。」ルピナスは拳を強く握る。悔しかった。大切な人たちが命を懸けているのに、自分は見ていることしかできない。その気持ちを察したように、アスターが口を開く。「焦るな。」「戦いには、それぞれの役目がある。」彼は西門を見つめながら続けた。「騎士は道を切り開く。」「王は民を導く。」「賢
ローゼン王子は決意した。調査が必要だ。なぜルピナスが自分を振ったのか。なぜ避けるのか。なぜ「結構です!!」なのか。その謎を解かなければならない。王族として。未来の国王として。そして何より。一人の男として。「殿下」側近が声をかける。「なんだ」「現在何をなさっているのでしょう」ローゼンは真剣な顔で答えた。「尾行だ」側近は頭を抱えた。学院の放課後。ルピナスは上機嫌だった。隣にはダリア。今日も美人である。「ダリアー!」「なんですの」「ケーキ!」「知っていますわ」「楽しみね!」「貴女は犬ですの?」ルピナスは笑った。前世ではほとんど話せなかった。
帰りの馬車の中。ルピナスは向かい側に座るフジを見つめていた。フジは窓の外を見ている。無言。ひたすら無言。静かだった。あまりにも静かだった。ルピナスは耐えられなくなった。「フジ」「なんだ」返事は早い。「趣味は?」「剣術」「それ仕事では?」「そうだな」会話終了。ルピナスは困った。ダリアがいたら笑っていただろう。「好きな食べ物は?」「米」「子供?」「違う」会話終了。ルピナスは天井を見上げた。何この人。難しい。しばらくして。フジが口を開いた。「お前」「なに?」「なぜ王子を振った」ルピナスは固まった。核心だった。聞かれると思っていた。
ダリアは頭を抱えていた。目の前には満面の笑みを浮かべたルピナス。意味が分からない。本当に意味が分からない。「友達になりましょう」「断りますわ!」即答だった。教室中が頷いた。当然である。普通ならここで終わる。だが。ルピナスは普通ではなかった。「そう」「そうですわ」「じゃあ明日また聞くわ」「聞かなくて結構です!!」ダリアは思わず叫んだ。ルピナスは感心したように頷く。「良い声ね」「何を言ってますの!?」「将来有望だわ」「何がですの!?」ダリアは混乱していた。授業終了後。ルピナスは帰宅準備をしていた。そこへ。ローゼンが現れる。「ルピナス」「結構
翌朝。第一王子ローゼンは寝不足だった。目の下にはうっすらと隈。朝食のパンを見つめながら呟く。「なぜだ……」隣にいた国王が顔を上げた。「何がだ?」「なぜ振られた」国王はパンを落とした。「は?」「ルピナスに振られた」「誰が?」「俺が」「ルピナスに?」「そうだ」国王は頭を抱えた。朝から重い話だった。「何かしたのか?」「していない」「本当に?」「していない」国王は疑わしい目を向けた。ローゼンは真剣だった。本気で分からないのだ。「ルピナスは昔からお前を好いていただろう」「そうだ」「ではなぜだ」「それが分からない」親子揃って分からなかった。その頃